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スマイレージと真野恵里菜がジョイントライヴをスタート

写真拡大 2010年3月18日にデビュー2周年を迎える真野恵里菜、そして2009年4月に結成され、メジャーデビューに向けて活動中のスマイレージによるジョイントライヴツアーが3月14日、NHK大阪ホールからスタートした。昨年1年間、真野のバックとして活動してきたスマイレージにとっては、初のツアーとなる。◆真野恵里菜、スマイレージ 画像@2010.03.14<スペシャルジョイント2010春>NHK大阪ホールほぼ時間通りにライヴはスタート。SEからの1曲目は、ハロー!プロジェクトのライヴではおなじみのナンバー「グルグルJUMP」を全員で。アップテンポかつステージ上のメンバーの元気弾ける1曲目からオーディエンスは総立ちだ。「グルグルJUMP」のあとのMCではちょっとしたサプライズが。自己紹介をするべくMCを始めようとしたスマイレージ福田花音の目の前に紫のサイリウムが広がったのだ。これは3月12日に15歳の誕生日を迎えたばかりの福田への観客からのプレゼント。いきなりのサプライズで、客席の声援に答えようとする福田だったが、それを遮る(?)ように、スマイレージのリーダー・和田彩花がMCを始める。思わず戸惑うオーディエンス。そしてそんな戸惑いをよそにリーダーの和田のペースで進んでいくMCには思わず苦笑。その後、前田憂佳、小川紗季と自己紹介が進み、最後は真野恵里菜。ここで再びドッキリ発言が飛び出す。真野:「うちらって仲悪いんですよね!」スマイレージ:「仲良いよぉ〜」真野:「スマイレージの中でも揉めてるの見たことあるよ。」福田:「さきちぃ(小川)がラーメン食べてて、“ちょうだい”って言ったら彩花ちゃんと同じお皿に入れてくれて、“ふたりで食べてね”って言ったのに、彩花ちゃんが全部食べた!」(中略)真野:「こうやってみんなの前でケンカができるくらい仲がいいということで! 」仲がいいからこその真野の振りに、オーディエンスからは笑い声が上がっていた。次に、ライヴ当日の3月14日に発売となったスマイレージの新曲「オトナになるって難しい!!!」を披露。その後、1曲はさんで今度は真野のソロコーナーへ。真野は、満員電車で目の前で漫画を広げて読む人に怒ろうと思ったが、よく見ると自分が表紙の雑誌で逆に嬉しくなっちゃった、という可愛らしいエピソードを披露しつつ、2月24日発売の新曲「春の嵐」など3曲をパフォーマンスした。今回のライヴで司会進行を務めている上々軍団のさわやか五郎から「本日世界初公開の新曲です!」という振りで紹介されたのは、スマイレージの新曲「夢見る 15歳(フィフティーン)」。今までのスマイレージの曲にはない、ロックでダンサブルな楽曲。ピンクをアクセントとした黒のジャケットに、下はもちろんピンクの超ミニスカートという、可愛らしい中にもちょっぴりオトナの香りが漂うスマイレージのパフォーマンスに、オーディエンスも思わず大興奮だ。曲の終わりに感想を求められた小川紗季は、「15歳の女の子を歌った曲なので、13歳の自分は15歳になったつもりで歌った。」と、コメント。15歳という未知の世界に小川も夢を馳せているようだ。またスマイレージのMCでは、現在、メジャーデビューに向けて行なわれている「目指せ!デビュー スマイレージ笑顔キャンペーン」にも言及。オーディエンスの参加を呼びかけた後、定番(?)の大喜利コーナーへ。“想像力を鍛える”として、お題に対してその場で答えていくこのコーナー。今回のお題は「こんな卒業式だったら泣かない!」。先日、中学を卒業した和田彩花、前田憂佳、福田花音3人にはピッタリのお題ということで、すぐさま和田が手を挙げて「うちの学校!」と回答。突然の発言にまったく意味がわからない客席だったが「来賓の言葉が長い」とフォローが入ると納得した様子だ。さらに、福田が「先生が生徒を小ばかにしながら成績発表する」といえば、小川が「転校生だらけで知らない人だらけの卒業式」、再び福田が「明るい歌しか唄わない」と回答し、そして前田が「卒業証書をもらう時、回転する」。ローティーン、ミドルティーンな彼女たちの独特かつ天真爛漫な発想に会場は笑いに包まれた。最後にインディーズデビュー曲「ぁまのじゃく」、そして「スキちゃん」で会場を沸かせ、スマイレージのコーナーは終了。真野のピアノスタンバイの間に、スマイレージは、翌日のイベント告知とともに、自分たちの夢であるメジャーデビューを掴むために、大阪の町に笑顔の写真を集めに行く事を宣言した。後半戦は真野のメジャーデビュー曲「乙女の祈り」の弾き語りからスタート。デビュー時から比べると格段に安定した歌声で披露する真野。デビューしてからの成長を感じられるパフォーマンスだ。さらに「ラッキーオーラ」からはスマイレージも再びバックダンサーとして復帰。「はじめての経験」「Love&Peace = パラダイス」と、盛り上がりも最高潮に達した。ここからラストスパート。スマイレージもマイクを持ち、℃-uteの「JUMP」、松浦亜弥の「I Know」を全員でパフォーマンス。最後のMCで福田は冒頭のサイリウムに触れ、「紫のサイリウム、心のアルバムに残します」とコメント。また真野は「今年を飛躍の年にしたい!」と語り、スマイレージと真野恵里菜の大阪でのジョイントライヴは幕を下ろした。<スペシャルジョイント2010春 〜感謝満開!真野恵里菜2周年突入&スマイレージ メジャーデビューへ桜咲け!ライブ〜>はこのあと、3月21日に愛知勤労会館、4月3日に渋谷C.C.Lemonホールで開催される。◆スマイレージ「オトナになるって難しい!!!」ミュージックビデオ◆スマイレージ オフィシャルサイト◆真野恵里菜 オフィシャルサイト

映画批評『花のあと』

◆年老いた以登が孫に聞かせる昔語りの回想というスタイルがいい(70点) 凛々しい女剣士の一途な思いが美しい珠玉の映画だ。江戸時代、東北の小藩・海坂藩。組頭の家の一人娘・以登は、男顔負けの腕を持つ剣術の使い手。藩でも有数の剣士で、一度だけ竹刀を交えた下級武士・江口孫四郎に恋心を抱くが、以登には決められた許婚・平助がいた。数ヵ月後、孫四郎が自ら命を絶ったと聞いた以登は、その裏の陰謀を感じ取り、平助に頼んで事の真相を探ろうとする…。 藤沢周平の同名小説は、文庫本にして40ページにも満たないささやかな掌編。だが映画は、小説の行間を映像で見事に埋め、はかなさと強さとが同居する鮮烈な作品になっている。まず年老いた以登が孫に聞かせる昔語りの回想というスタイルがいい。遠い娘時代を懐かしみながら彼女が伝えたいこととは、どんな恋、あるいは事件なのかと期待が高まる。ただ一度の剣術の試合だったが、自分を女と侮らず真剣に向き合ってくれた男性に恋心を抱いた以登は、彼が卑怯な罠に嵌ったことを知って仇討ちを決意する。武家の娘のたしなみなのか、ほとんど感情を表にださない以登だが、剣を持てばほとばしる情熱が露に。その変身ぶりが鮮やかだ。決闘の場面は、腹黒い悪党と正義の女剣士の息詰るアクションで、大いに盛り上がる。北川景子の美剣士コスプレの様相だが、これがなかなか魅力的だ。 だが映画の本当の魅力は、以登が、美形で凄腕の剣士の孫四郎に惹かれた一瞬の恋ではなく、以登の頼みを聞いて事件の真相を探り、彼女の思いを影からサポートする平助の、平穏な愛にある。風采が上がらず仕事熱心にも見えない昼行灯のような許婚が、どんなに心が広く、どんなに以登を深く思っているか、そして実はかなりデキる男だったかが、すべてが終わった後に痛いほどよく分かった。一瞬の恋、正義の剣、穏やかで深い愛。桜で始まり桜で終わる物語の余韻にずっと浸っていたくなる。出演はせず語りだけで参加する名女優・藤村志保の柔らかな声が、映画の大きな魅力のひとつであることは言うまでもない。(渡まち子氏)この映画へのほかの批評2010年2月17日掲載「花のあと」映画ジャッジとは?お忙しい方に良い映画を観て頂くための映画批評サイト。宣伝や広告のない批評を読み、今週末観る映画をジャッジして下さい。メールマガジンで毎週1回おトクな情報もお届けしています。

核密約 笠井亮議員「討議記録を知っていたか」(産経新聞)

 衆院外務委員会の19日の参考人質疑(日米密約など)で、共産党の笠井亮議員が質問した。

 −−東郷参考人。1960年1月6日の日米間の討論の記録について、条約局長はそういう文書を知り得る立場だったのか

 東郷和彦元外務省条約局長「そのようにご理解いただいてよろしいと思います」

 −−この討論記録をいつ何によって知り得たのか

 東郷氏「確実に申し上げられるのは、前任者から、ひと束の資料を引き継ぎ、それを整理した。そういう過程の中で討議記録の文書があったということで知りました」

 −−東郷メモによると「口頭にてブリーフ済み」と書かれている。そのとき討議記録を承知したのではないか

 東郷氏「大臣どういうブリーフィングをしたかは全く記憶がありません。推測するに、このブリーフィングは当時の次官から大臣に行われ、私はその席にはいなかったと思います」

 −−斉藤参考人は、在任中この討議記録の存在を知っていたか

 斉藤邦彦元外務事務次官「知っておりました」

 −−どういう性格の文書だと了解していたのか

 斉藤氏「説明を受けたことはないんですけど、直接、討議の記録を見たのは、米国の文書公開によって公開され、それを入手した日本人の新聞記者から見せられたときのことです。1999年、たぶん私が米国にいたときだったと思います」

 東郷氏「この問題については、実際に起きていることと、政府が説明してきたこととの間にギャップができてきたと当時も思っておりました。そのギャップができてきた経緯の中で、日米間で取り交わされた討議の記録という文書がある、と。その文書の解釈、位置づけによってどういう問題であるか明らかになる。そういう交渉上、意味を持っている文書だったと理解していたと思います」

 −−斉藤氏は条約局長時代は知らなかったということか

 斉藤氏「知らなかったと申し上げたわけではございません。条約局長はそういう文書の存在を知る立場にございます。私自身、たいへん残念なことに、記憶がはっきりしていないので、先ほどは1999年の、記憶がはっきりしている方を申し上げたのですが、たぶん条約局長のときだったと思いますが、討議の記録という文書を見たことがございます。ただ、それを読んで、これが密約にあたるという認識はいたしませんでした。したがって、必ずしもはっきり覚えていないということになっております」

 −−この討議記録は、岸ハーター交換公文として公表された第1節の部分と、非公表・秘密の第2節からなっている。第2節は、交換公文の解釈についての了解事項として理解されていたのか

 東郷氏「この文書が、安保条約の改定交渉のときにつくられた他の文書とどういう位置関係にあるかに関しては、私は特段の意見を形成しませんでした。こういう文書があるという、その文書が、核兵器の日本の搬入に関連のある重要な文書だという認識はありましたが、条約の本体、交換公文とどういう位置関係にあるかということは特段の意見を形成しませんでした」

 −−原本、英文の複写をごらんになったことはあるか

 斉藤氏「複写を見たことはございますけれど、記述されているコピーと同じ文書かどうかについては確信がございません」

 東郷氏「整理しました第1の箱の中に、この討議の記録のコピーはございました。ただ、署名欄に何が書いてあったかについては記憶がございません」

 −−1960年1月にマッカーサー大使がハーター国務長官に送った伝報では「日米安保条約を構成する文書群」というのがある。2国間の取り決めなので、日本側にも同様の文書群がなければおかしい。条約局長として承知していたのか

 東郷氏「当然、安保条約の本体、それから一緒に署名された交換公文があったことは承知していたと思います。討議の記録という文書があったということも認識していましたが、全体としてどういう位置づけを持っているかに関しては、その段階で、それ以上の研究はいたしませんでした」

 −−伝報では「日米安保条約にかかわって、われわれが承知している条約文書の全リスト」というのがある。17項目あり、14番目に討論記録が入っている。討論記録を含めた安保条約にかかわる文書群のリストも日本側にもありますね

 東郷氏「そういうものはあったかもしれませんが、条約局長室の中に残っていました文書の中にそういうものはありませんでした」

 斉藤氏「条約局長室には安保条約関連のファイルがいくつかありましたが、番号を付したリストは私も見たことはございません」

 −−おかしい。日本側にリストがなかったということになると、条約をどう担保することになるのか

 東郷氏「外務省で安保条約に関連するすべての原資料、ただし、条約の署名交渉を除きますが、それ以外のすべての資料は北米局に所管されます。条約局にある資料はそのコピーでございます。条約局長室の中には、さらにその一部が残されたということですので、条約局長室の中にその文書がなかったということは、条約の交渉全体のファイルがなかったことは意味しません。北米局の中に、今回の調査で、膨大のファイルがあったと聞いております。その中に、当然残っているべきものだと思います」

 −−条約局長室とは限定していない。外務省の中にあるか、ないか。条約局長が分からないとなったら、安保条約ってそういうことか、となってしまう。2国の政府間で、政府代表で署名する。扱いは秘密文書と確認した場合、公式の合意文書でいいのか

 東郷氏「合意文書の意味ですが、国際法上の権利、義務関係を設定する約束としての合意文という質問であれば、必ずしもそういうことにはならないと思います。しかし交渉の過程で、双方の考えるところを記録として残す内容については意見の一致があるという意味であれば、合意文書と申し上げてよろしいと思います」

 −−そうだとすれば、当然、討論記録というのは日米両国政府間の公式の合意文書ということで間違いないですね

 東郷氏「いま申し上げたような意味であれば、そうご理解いただいてよろしいと思います」

 −−東郷メモは、政府内でこの問題の説明資料となっていた。欄外に誰から誰にということで説明がついている。佐藤政権から海部政権までの首相、外相などに説明をしたという記述がある。東郷氏はいつどの約束のときに最初にごらんになったか

 東郷氏「発表されたメモの1ページ目にいろいろ書き込みのないものを条約局長室で読んだ記憶があります。書き込みのあるものについては今回、資料が発表されてはじめて知りました。そのような形で、そのメモが使われたことも全く知りませんでした」

 −−斉藤氏は公表されてから知ったというが、聞いたこともないのか

 斉藤氏「ございませんでした」

 −−最初に書き込みのあるものが、最初のところが条約局長になっている。そういう形で回ってきているはずだが、条約局長が承知していないのにできたのか

 斉藤氏「どのレベルで扱うかという判断が、最高のレベルで行われて、私が条約局長だった時代には条約局長には回ってこなかったと考えます」

 −−斉藤氏は「日米間に了解の差があると思っていた」という。その国会議事録を読んだのはいつか

 斉藤氏「記憶がはっきりしないのですけど、もしかしたら私が条約局長をしていたときだったかと思います」

 −−年代でいうといつごろか

 斉藤氏「私が条約局長になりましたのは1976年だった。78年まで在職しました」

 −−この東郷メモがなぜ極秘で歴代首相や外相、外務省幹部に引き継がなければならない文書だったかについて、どういう認識か

 東郷氏「発表された資料の1ページを見まして、飛行機の中でどういう話し合いが行われたかを記録したもので、その最後に、今後この問題についてはこう考えるべきではないか、という北米局長の意見が記されているだけのもので、そのメモが歴代の総理に対する説明の基礎になったということは、びっくりしました」

 −−斉藤参考人。上司だった事務次官は、「次官の引き継ぎ時に核に関しては日米間で非公開の了解があると聞いて、次の次官に引き継いでいった。大秘密だった。政府は国民にうそをついてきた」と証言している。「次官が大臣に密約内容を伝達するのが秘密の義務だった」とも言われている。そういう認識だったのではないか

 斉藤氏「引き継ぎを受けませんでしたし、どの総理にもこの問題をブリーフしたことはございませんでしたので、そういう認識は持っておりませんでした」

 −−条約局長もされ、次官もされた方が知らなかった。どういう感想を持つか

 斉藤氏「91年の核兵器を艦船には搭載しないという米国の政策変更。この問題は現実の問題ではなくなってきているので、私が次官になった93年、当時は引き継がれなかったということだろうと思います。私が条約局長のときになぜ知らされなかったかにつきましては、不徳の致すところかもしれませんけれど、上層部の判断で、どのレベルまで話をするかという決定がされたからではないかと思います」

 −−東郷メモでは、核搭載艦船の寄港問題と、討論記録に関する米国との行き違いの経緯について振り返って、双方が双方の立場に異論を唱えることなく続ける、と。その結果、米核搭載艦船の事前協議なしの寄港が可能になるという問題処理を崩しようがない。現在の立場を続ける他なし、と。今のままでいくしかない、としている。東郷参考人はこういう対処の仕方について疑問をもって、何とかしようということは考えなかったか

 東郷氏「4ページのリストと一緒に、3ページの意見書を、条約局長をやめるときに書きました。おおむね3つのレベルで考えるべきだ、と。第1のレベルは、国会における質疑をなんとか破綻ないようにするために、今後どうやっていったらいいか若干の意見は書きました。けれども、いずれ討議の記録という文書の存在を含めて世の中に出てくる。そのときに、これまでの説明ではとても対応できない。従って、60年に問題が起きたとき以来、日米間に認識の差があったと。その認識の差があったという状況がそのまま続いてしまったという経緯を分かりやすく説明すべきではないか。これが2番目の段階でしたが、そういうことを言ったとしても、安全保障の将来を考えるのであれば、根本的な矛盾は解決しない。従って、非核二・五原則という方向でこの問題を将来再検討すべきではないかという3段階での意見書を書きました」

 −−1958年からの日米安保条約改定交渉時に山田事務次官が退官後に語った証言がある。「核兵器を積んだ艦船の寄港は事前協議の対象になるとした1960年の政府・閣僚答弁は、野党の追及を恐れる取り繕いに過ぎなかった」というものです。ところが、この証言テープを有識者委員会に提示したのに無視をされてしまった、と。当時の証拠として吟味されるべきだとは思いませんか

 東郷氏「テープの取り扱いにつきましては、特に強い意見はないのですが、今回の有識者委員会全体の結論は、恐らくそのテープの存在を念頭において、当時の岸総理、藤山外務大臣、東郷安保課長、この問題についての米国側の考え方をある程度は知っていたのではないかという結論を出しておられます。その1つの根拠になっていたのではないかと思っています」

 −−91年以前は持ち込みはあり得たという話がありましたが、それ以降については米国政策の変更ということがいわれるが、91年以降も、核搭載能力を維持した原潜が入港する可能性があるという立場だったのではないか

 東郷氏「基本的には私の当時の認識は、従来の答弁を踏襲する、と。踏襲する中で、できるだけうそのない答弁をしようという気持ちはありました。けれども答弁の基本は固まっていて、踏襲するというのが私の記憶です」

 −−大平元総理が生誕100周年ということで、ドキュメント小説が出た。興味深く読んだ。核密約の問題や、西山参考人のかかわる事件のエピソードについても書かれている。ご感想は

 森田一元運輸相「ひと言でいえば、この問題は大変難しい問題だが、自分が全力を尽くせば何らかの方法があり得る、と。現実に田中内閣のときに、大蔵大臣として木村外務大臣と一緒になって田中内閣で解決しようとしたわけでございますが、いずれにしても、自分が十字架を背負っていくんだという気持ちであったが、結果的には亡くなるまで解決することができなかったと。非常に残念だったと思います」

 西山太吉元毎日新聞記者「大平外相時代というのは、池田内閣のときで、佐藤内閣にバトンタッチの状況ですけれど、このときに宏池会を中心とした、保守本流ですが、彼らの姿勢というのは非常に印象に残っている。というのは、イデオロギー的に非常に違う勢力が目の前にいたとしても、そのイデオロギー勢力を抹殺しようというこっちのイデオロギーを持たない。相手は相手としての存在を認める。立場も全く違うし、考え方も違うけれども、とにかく相手がそこにがっちり勢力を持っていれば、例えば、極端にいえば中国ですね。絶えず、接触してそこから妥協点を見いだそうとする、そういう政治姿勢、相手の立場を絶えず理解して存在を確認したうえで、行動もそれにあわせるように、妥協点を見いだして、調和点を見いだしていくという、昔のいわゆるニューライト、新保守主義といわれたが、そのときの政治姿勢をその後のいわゆる保守勢力の政治姿勢と絶えず比べてみて、いろいろなことを思い浮かべるときが多いんです。そういうようなものが案外、現代の政治に非常に必要ではないかと思うんです。脱イデオロギーで。それが非常に、あのときの強烈なイメージとして残っている。それが1番です」

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足利事件判決公判で録音・録画を 民放連が声明

 日本民間放送連盟(会長・広瀬道貞テレビ朝日顧問)は16日、宇都宮地裁で再審公判が行われている足利事件の判決公判で、法定内での録音・録画取材を求める声明を出した。堀鐵蔵報道委員長名で「判決公判の冒頭から終了までを録音・録画し、広く報道することは、報道機関としての使命・役割と強く認識している」としている。

マンサン新連載、上農ヒロ昭が駅弁の魅力を描く

週刊漫画サンデーNo.12。守靖ヒロヤ原作による上農ヒロ昭の新連載「なんちゃって駅弁」が、本日3月16日発売の週刊漫画サンデーNo.12(実業之日本社)にてスタートした。「なんちゃって駅弁」の舞台は東京のとある会社。新入社員の女子が社長に頼まれ、駅弁のお使いに出かけるところから物語はスタートする。東京では入手困難な地方の駅弁を頼まれた主人公が出向いた先とは。名物駅弁のウンチクとともに、その調理方法を楽しめる料理マンガとなっている。連載第1回のテーマは「富山・ますのすし」で、次回は「上州D51弁当」を題材とする。旅のお供として欠かせない、各地の特色が詰まった駅弁の魅力を堪能しよう。

死刑制度:韓国での議論も国際通商上の問題に?

 韓国では普段の世論調査で、国民の過半数以上が死刑制度を支持するという結果が出る。釜山市内で起きた女児暴行殺害事件のような凶悪犯罪事件が発生したときには、その支持率はさらに高まる。今月12日にハンナラ党汝矣島研究所が実施した調査では、83.1%が死刑制度に賛成するという結果が出た。 昨年のカン・ホスン事件のときにも、同様の世論が形成された。法務部は死刑囚の一部に対して死刑執行を検討したが、実行には移していない。外交通商部が「1997年以降、韓国では死刑を執行しておらず、“実質的な死刑廃止国”に分類されている」との主張を展開し、反対したためだ。外交部の高官は、「死刑執行が13年間行われておらず、人権国家として韓国の地位が高まったのは事実だ。死刑制度廃止が加盟条件となっている欧州連合(EU)などでは、死刑制度の廃止を要求し続けている」と話した。 これと同時に、韓国で死刑を執行した場合、死刑制度の廃止を掲げるEUとの通商摩擦が起きるのではないかと懸念する声も上がっている。実際、過去3年間で20件を超える死刑を執行した日本の場合、EUからこうした通商圧力を受けたという。 EUは2008年と09年、国連に死刑制度執行猶予決議案を提出し、二度とも過半数以上の賛成を得て採択された。韓国はどちらも棄権した。 先月、死刑制度に対する憲法裁判所の合憲判決が出た際、駐韓イギリス大使館は報道資料を通じ、憲法裁判所の決定を批判した。イギリスは死刑制度の廃止を国家的価値の一つとして認識しており、国際社会に広めようと努力している。 だからと言って、死刑制度廃止がグローバル・スタンダードだと断定するのは難しい。米国や中国、日本、ロシアなどは死刑を執行しており、これらの国はEUが提出した死刑制度廃止決議案の国連投票で反対もしくは棄権票を投じた。その理由としては、「被害者と家族の怒りに共感する」「廃止した場合、凶悪犯罪が増加する」など、韓国と同様の要因を挙げている。 ユ・ヨンチョル死刑囚、カン・ホスン死刑囚、キム・ギルテ容疑者など、反人倫犯罪者が登場するたびに、死刑制度の執行をめぐる論争が浮上する。以前は韓国世論の方向性が最も重要な基準だったが、今や国際社会の主な構成員が死刑についてどのような立場を取っているのかも考慮に入れなければならない時代だ。特に、今年は主要20カ国・地域(G20)首脳会議など、韓国が国際社会でさらに注目を浴びる年であるだけに、政府はこれまで以上に慎重にならざるを得ない状況だ。鄭佑相(チョン・ウサン)記者辛殷珍(シン・ウンジン)記者

パナソニック、ストラーダチュー ン搭載のAV一体型ナビ3機種を発表

写真拡大パナソニック、ストラーダチュー ン搭載のAV一体型ナビ3機種を発表 写真一覧(7件) パナソニック オートモーティブシステムズ社は16日、ルート探索や地図表示、案内の詳細設定が可能な新機能「ストラーダチューン」を搭載した車載ナビゲーションステム『ストラーダ』の中核モデル「ミドルクラス」の3機種を発表した。発売は6月下旬を予定している。新ミドルクラスの目玉は「ストラーダチューン」だ。ルート探索時の道幅や抜け道・有料道路などの優先度を設定できる「ルートチューン」、音声案内の頻度やオン・オフを調整する「ガイダンスチューン」、そして地図色・文字サイズなどユーザーの好みに合わせた設定ができる「マップチューン」の3つのメニューを用意。それぞれの設定内容や度合いは視覚的にも分かりやすく配慮されており、ナビゲーション画面かワンタッチでストラーダチューンへアクセスできる。AV機能ではCDリッピング時のコーデックに「CD音質」(ロスレス)録音モードを新たに搭載。60GBの大容量HDDを採用し、ロスレスモードでも多数の楽曲を収録できる。また、音響システムには好評を博している「音の匠」に、Sクラスで採用している「快適メモリーミュージック」モードをミドルクラス専用に再チューンして追加。圧縮音源でもメリハリのあるクリアなサウンドを実現したほか、イコライザー調整も可能とした。操作面では、純正ステアリングスイッチやDSRC車載器との連携を実現。ステアリングスイッチ対応はアダプタ不要で、ナビ画面から各ボタンのファンクションを割り当てる学習型としている。また、従来のモデルでも対応済みのGoogle Maps/Yahoo! 路線・地図アプリ連携も引き続き採用。“おでかけストラーダ”による登録でカスタムPOIのインポートを可能としている。ラインナップは1DIN+1DINのインダッシュタイプ「CN-HX910D」、2DINタイプは「CN-HW890D」「CN-HW860」の2機種。910Dおよび890DはBluetooth内蔵となる。価格はいずれもオープン価格だが、パナソニックでは市場価格をHX910Dが28万円前後、HW890Dが21万円前後、HW860Dは20万円前後と想定している。

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